来てしまった命の決断

こんにちは、Div69ideです。

早朝、兄からの電話で飛び起きました。
こんな時間に兄から電話があるということは、母親の様態が思わしくないのだということで、
本当に心臓に悪いです。
んで、やはりといった内容で、もう今日が峠だとのことです。

寝てるアンジーさんに用件を伝え、一足先に実家に向かう準備をします。
始発のJRにて実家近くの病院へ向かいます。
道中、若干の眠気で朦朧とした中、今が現実でないような錯覚がありますが、
眠気のせいなのかそうじゃないのか。
本心では錯覚であって欲しい現れなんだと思います。
余り余計なことを考えず、流れる景色を眺めます・・・。
到着駅から病院まで100m程歩くのですが、足が重いです・・・。
病院へ着き、病室へ。
何度も来た廊下が違ったものに見えるのも、心理的な何かでしょう。

病室へ入ると兄、姉が先に居ました。
先週も目も開けられず、父親、私の声に頷くぐらいだったのですが、
今見ている母親は、胃の辺りを細った腕で抑え、苦痛に顔を歪めています。
さて、これから私は母親の生き様、死に様を目に焼き付けるわけです。
生きた証をこの目に・・・。
親父と兄との話では、「12時ぐらいが満潮でその時に人は逝くのが多い。」と、
訳の分からないオカルトを言い始めたのですが、私にとってはどうでもいいことです。
母親に1分、1秒でも長く生きて欲しいと願うばかりです。
ですが、苦痛に歪む顔をみるとその願いもどうかと思ってしまいます。
まず、延命処置をすれば機械に繋がれて生き長らえるも苦痛が続くらしいですし、
一度付けた機械を取ることが法律的に難しくなるとかどうとか。
金銭的にも莫大なものがありますしねぇ。
苦痛が続くのなら、もうこのまま自然に任せて逝かせたほうがいいだろうという兄と父との判断です。
散々母親の看病をした兄がそう願うので、私も意を決して「それで仕方ないよ・・・。」と伝えます。
なんかそう言いつつも、自分の不甲斐なさと力不足が悔しくて悔しくて・・・。
本当はまだ生きて欲しいのです。

時間が刻々と過ぎ、12時頃の満潮を過ぎても朝と変りなく不整脈が続きます。
苦しく悶えているので、呼吸もキチンとしたリズムではありません。
立ち会う家族で順番にご飯を食べ、その時を待ちます。
お昼過ぎにアンジーさんが病院へ着きました。
様態を説明して母親を見てもらいます。
思えばまだ元気な頃、実家に帰省した私達は老けた母親の姿を見て、
「髪を切って染めてあげるよ。」と言い出しました。
最初はイヤイヤ言って拒否してたのですが、いざ髪を切って染めるとそれまでの態度がコロッと変わり、
「うわぁ、有り難う!福岡から専属の美容師さんが来てくれたわぁ!!」とアンジーさんに言ってました。
殆どアンジーさんがやってくれて私は見てるぐらいだったのですけども、
そんな私はアンジーさんにとてもとても感謝しています・・・。

さて、ホント病院の仕事は大変ですよね。
山場の人間にもシーツを変え、話しかけ、注射したり検査したり。
大変ご苦労様です。
病室に看護師さんが来るたびに母親の名を呼ぶのですが、
苦しそうにウンウンと頷きます。
私も声を掛けたのですが、一応声は届いているようでした。
17時過ぎ、必死に手で胃の辺りを摩る母親の代わりに私が手で摩ってあげます。
左手を握り返し、「痛いね、痛いね」言いながら。
多分、子供の頃、病気だった私は母親にそうしてもらったのでしょう。
今は何かに願うように私がやってあげてるのですが、ホント、心が折れそうです・・・。

そしてついにその時が来ました。
それまで頑なに閉じてた目を見開き、少し状態を起こして入れ歯を外した口をギュッと噛み締め空を睨みつけます。
私は少し離れたとこに居た兄貴に、「兄貴、ちょっと・・・」と伝えます。
アンジーさんも「お母さん!」と・・・。
何度かガクガクと体を揺らす母親。
出てくる言葉は涙ながらに出る「母ちゃん、母ちゃん・・・。」
何度も何度も・・・。
そして、心電図などのモニターが異音を発し、ゆっくりと力が抜けてゆく母親。
ベッドに体を沈め、その両目を閉じます。
最後の呼吸の温もりで酸素吸入の口当てが白く曇ります。
「もういいよ、もういいよ、力抜いて楽になっていいよ・・・。」と涙ながらに言いながら、
母親の人としての温もりを最後まで感じたかった私は、母親のおでこを優しく撫で上げます。
すぐさま看護師さんがすぐに主治医を連れてきて確認をさせます。
「よく頑張られました。誠に残念ですが、ご臨終です・・・。」

享年66歳。
人生の苦楽を懸命に生きた66年間という年月は、
最近の長寿国日本としては余りにも早すぎます。
あと、最低でもあと20年は生きて欲しかった、そう思います。
去年末に死んだ祖母(享年88歳)よりも短命となった寿命。
母方祖父が65歳ぐらい無くなったので、「父(祖父)に似、母(祖母)を追った女性」でした。
当然ながら、生きた母親を見る機会は、もう・・・、もう二度と出来ません。
声を懸けることが出来る生みの親はもう居なくなるのです・・・。
小さい頃に抱いてくれた母親。
学生の頃叱ってくれた母親。
冗談を言ってケタケタ笑う母親。
ささっと美味しい料理を作ってくれた母親。
独り立ちする時に身にしみた、本当に優しかった母親のありがたみ。
大した親孝行も出来なかったのが大変悔やまれます。
私は貴方の息子で良かったです。
本当に、本当に産んでくれて有り難う御座いました。

暫くすると、親戚の皆さんが集まって母親を見てくれました。
通夜、葬儀ですが式場が満杯らしいので、一晩実家に遺体を安置します。
次の日に通夜、その次の日に葬式です。
今晩は姿有る母親と一緒に実家での最後の就寝です。

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